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東京高等裁判所 昭和24年(新を)195号 判決

控訴人 被告人 大島五郎 村松忠男

弁護人 山本雅彦 山本立太郎

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所沼津支部に差戻す。

理由

弁護人山本雅彦、同山本立太郎の控訴趣意は同弁護人等共同作成名義の控訴趣意書と題する末尾添付の書面の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。

第三点惟うに刑事訴訟法第二百九十二条によると第二百九十一条の手続が終つた後は直ちに証拠調に入ることになるのである。即ち被告人訊問の段階が中間にないのである。ところが第二百九十一条第二項によれば検察官の起訴状朗読後裁判長はいわゆる被告人の権利保護のための事項を告知したうえ被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述する機会を与えなければならないのであるが、右機会を与えるのは主として被告人の利益のためであつて、例えば被告人をして忌避の申立、管轄違に関する申立、正当防衛のような違法性阻却事由の主張などをなさしめるためである。尤もこの機会は裁判長が被告人に対し公訴事実に対する認否を質して争点の整理をすることや、また被告人をして自発的に被告事件について争点を明らかにし或は弁明させても法律の精神に反することはない。しかし被告人訊問の制度を廃止した新法の下では当事者の立証に入る前に裁判長が前述の限度をこえ被告人の前歴、犯罪の動機、犯罪の実行、犯行後の行動等について自ら問を設けて被告人に質問し、被告人の陳述を求めるが如きは新法の精神に反する。殊に裁判長において右のような質問をすると被告人は詳細に自白することもあるが、自白を促す因となるような質問をすることは刑事訴訟法第三百一条が自白はとかく裁判所に予断偏見を懐かせる虞れがあることを考慮して自白に関する証拠は他の証拠を取り調べた後にはじめてその取調を請求することができるとする趣旨に反する。同法第三百十一条第二項は裁判長は何時でも必要とする事項について被告人の供述を求めることができると規定しているが、これは証拠調終了後又はその途中において必要に応じ随時これをすることができるという趣旨で被告人のいわゆる冐頭陳述の際、裁判長は被告人に対し何でも質問ができるという趣旨ではない。この事は同条が証拠調に関する規定の最後に規定してあることや第二百九十二条の規定から窺われる。記録を検討すると原審裁判長は窃盜の公訴事実につき検察官の起訴状朗読後その立証に入るに先だち、被告人の家族関係、前歴、犯行の動機、犯罪の実行、犯行後の被告人の行動等について自ら問を設け、被告人の陳述を求めていることは所論の通りで単に争点の整理や被告人の自発的陳述を為さしめたに止まらないで旧法における被告人訊問と殆んど大差ない審理方法であることが窺われるのである。これは前述のように刑事訴訟法が被告人訊問の制度を廃止し第二百九十一条第二項、第二百九十二条、第三百一条の規定を設けた精神に反する審理方法で違法である。而して右違法は判決に影響あるものと解するのが相当であるから原判決は破棄を免かれない。論旨は理由がある。

上述のように原判決は破棄を免かれないから論旨第四点に対する判断は省略するが、本件は当裁判所が自ら判決するのに適当でないから原判決を破棄し事件を原裁判所に差戻すこととする。よつてその余の論旨に対する説明を省略する。

仍て刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条本文に従い主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第三点昭和二十四年二月二十一日の原審第一回公判調書に依れば裁判官判事補藤本久は検事本木国蔵の起訴状の朗読後被告人大島五郎に対して被告事件の認否を問うた上直ちに「被告人の家族は」との問を発し(記録第二十五丁裏)続いて被告人の財産状態、経歴、趣味、嗜好から犯罪事実の詳細、前科関係について逐次供述を求め、その後に証拠調に入る旨を告げた(記録第二十五丁裏より同第二十八丁裏迄援用)

又昭和二十四年三月三日の原審第二回公判調書に依れば、裁判官判事補藤本久は検事本木国蔵の起訴状の朗読(調書記載文言のみなることは理由第一、二点参照)後被告人村松忠男に対して被告事件の認否を問うた上直ちに「被告人方の家族関係は」との問を発し(記録第三五丁)続いて被告人の生活状態、経歴、趣味、嗜好学校の成績から犯罪事実の詳細について逐次供述を求め、その後に於て証拠調に入る旨を告げた(記録第三五丁より第四〇丁裏迄援用)

然し乍ら刑事訴訟法第二百九十一条第二項に所謂被告事件について陳述する機会は罪状の認否に止るものであつて、同法第二百九十六条に依るもその後はまず検察官は立証すべきであり、その立証に先だつて裁判所は事件について偏見又は予断を生ずる虞のある事項は厳に避けねばならないことはその法意に照して明かであるのみならず、被告人の公判廷に於ける供述は証拠となるのであるから検察官の立証前に被告人より犯罪事実の証拠を求めたことになる。斯の如きは明かに刑事訴訟法の禁ずる処であつて而も原判決は此の違法なる手続に依り為した証拠調の結果に依る証拠を援用し、被告人両名に対して有罪の認定を為し被告人両名を各懲役十月に処した。これは犯罪事実について予断を抱いた裁判官の判断に基く偏ぱな判決であると謂わざるを得ず明かに判決に影響を及ぼす訴訟手続上の法令違反であるから、刑事訴訟法第三百七十九条に依り原判決は破毀を免れない。

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